大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成元年(行ツ)158号 判決

東京都世田谷区用賀三丁目二七番一〇号

日商岩井用賀マンション四〇五号

上告人

高木忠三

右訴訟代理人弁護士

栗田盛而

東京都世田谷区玉川二丁目一番七号

被上告人

玉川税務署長 山田康王

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行コ)第二七号所得税更正処分取消請求控訴事件について、同裁判所が平成元年八月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人栗田盛而の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう部分を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

(平成元年(行ツ)第一五八号 上告人 高木忠三)

上告代理人栗田盛而の上告理由

一 本訴は被上告人が上告人の申告せる昭和五三年度所得税確定申告に対してなしたる更正処分並びに重加算税及び過少申告加算税の賦課が違法であるので、これの取消しを求める訴えに対する争いであります。

課税処分取消訴訟は本来行政行為たる処分の取消訴訟として形成訴訟の一種とされており、取消原因としての違法原因につき、法が手続要件として規定したもの乃至法の解釈上手続要件とされるものを除いては、要するに課税処分が納税者の実際の所得金額を上回ることによる権利侵害があるかどうかに求め、それを審理の対象とするところから、処分の適法性を主張するためには、認定額以上の客観的な所得金額を主張する必要がある。ここで重要なことは、主張の根拠は主観的なものではなく、公正に客観的に立証されなければならないことであります。

課税実体法は課税庁の行為規範として財政需要の充足のために国民から租税を徴収するという行政作用にその根拠を与えるものであるのみならず、申告納税制度の下では、納税者において納税申告する際のよりどころとなる行為規範でもある筈で、上告人、被上告人双方の主張の審理に当たつては法の下に平等であるべきで、控訴審判決理由書を読む限り審理不尽のそしりは免れないことは明白であります。

上告人は租税が国民の経済生活のほとんどすべての局面に関係を有し、国の財政需要の充足のために必要不可なるものであることを十分に理解し、適法なる納税に関しては積極的に協力する意思があり、二十年以上にわたり青色申告を続けてきたものでありますが、課税庁担当者の恣意による不当なる税の加重は国民の信頼を失うものであり、納得しかねるものがあります。

本訴では訴訟内容が専門的、技術的にわたるために第一審・控訴審判決が被上告人の巧妙なる訴訟技術に惑わされて、事実の認定に当り、なにが公正であり適法であるかを見失つたものと考え、該更正処分が適法であるか否かを自由なる心証のもとに、公正に、かつ客観的に判断されることを求めるものであります。

上告人は以下二乃至六項において具体的に、上告理由を主張するものであります。

二1 九〇〇万円裏金説について。

(採証原則の違反、理由不備、審理不尽)

本訴においては従属的問題でありますが、被上告人の主張を看過すると主要訴訟物に影響を及ぼすので、第一に取上げ、争点より除外すべき理由を陳述します。

最も重要なことは、被上告人のこの件に関する主張はまつたく客観的に立証されておらず、違法であります。

控訴審判決は原審判決を安易に支持し、上告人が具体的に被上告人の提出せる証拠に対しその成立の疑義を指摘したにも拘らず、審理を尽くして適法であるか否かの判断する努力を怠り、漠然と「弁論の全趣旨により」、或いは「原審判決書五一丁七行目から六六丁表三行目まで・・・のとおりであり(この記載を全部引用する。)当審における証拠によってもこの認定は動かないからである。」と具体性のない摘示をしている。

最高裁昭和三六年一二月一日判決においても、新たなる事実を主張することは許されることとされているが、無条件に許されるのではなく、客観的に立証されるという条件が付されていることは明らかであります。

控訴審判決は被上告人の巧妙なる専門的知識を駆使した間接事実の構成に惑わされたる裁判官の恣意による判断であり、証拠を分類整理して真実を極める努力がなされておらず、まさに審理不尽であり、上記最高裁判例の趣旨が全く軽視されているものであります。

2 また控訴審判決では上記概念的理由とは別に、特に「本件不動産を譲渡した頃、控訴人が藤沢に九〇〇万円を貸付けるような間柄でなかつたこと」と当時の情況を説示しているが、これは被上告人の主張をそのまま引用したものであり、個人間の間柄は第三者が勝手に付度して決付けられるものではなく、上告人の子供は三人ともみのり幼稚園の卒園者であり、世話になつたこと、藤沢は一八年間の隣人であり幼稚園園長兼光教寺住職として信頼し返済については心配がないこと、藤沢の要請で無利息で貸付けたのは、毎年一〇〇万円の月賦返済で、次男映児の大学受験前であり、大学・大学院を通しての学費として安定して使用できることと前述の信頼関係並びに当面新居購入資金以外に譲渡収入の使途はなかつたためであり、社会通念上なんら不自然なことではない。また上告人は技術者であり、利殖には関心が薄かつたことも理由の一つであります。

3 また控訴審判決書七丁七行目より

「そもそもそのような金員を藤沢個人に交付した事実を認めさせるに足りる証拠もない(単にそのような借用証書があるだけでは、本件にあつては不十分である)。当審における証拠調べの結果によつても、この判断は動かない。」

と説示しているが、上告人が指摘したみのり学園の不正経理、並びに経理処理上裏金説を客観的に証明する証拠の不存在に対する反証はその後被上告人より提出されていない。

みのり学園の不正経理が判明した後は(後述の不正な会計処理の実状は税務調査の専門家である被上告人にとつては一目瞭然である)、理事長藤沢は被上告人の権力の影響下にあり、利害関係を一にする立場にあるので、藤沢の証言は公正な第三者の発言と認められないことは社会通念上においても法に照らしても明らかである。

4 国税通則法第一一六条二項により、被上告人は上告人の提出する証拠に対して、本訴期間中随時証拠の申出ができるに拘らず、これを怠りたる時は上告人の主張を認めたものと判断さるべきであり、客観的に公正な反論がなされない限り上告人の主張を退けることはできない。5、6、7項は本趣旨に基づく陳述である。

5 被上告人より提出された証拠・証人調書において、被上告人は乙第五号証藤沢聴取書の問36より問39においいて課税庁職員として当然裏金とする九〇〇万円について、これを証する文書、帳票の存在を追及しているが、結局存在があり得ないので尻切れトンボに終わっており、以後本訴期間中裏金を証する文書、帳票が証拠として提出されたことはない。

更に乙第五号証別添資料四、五は本金員に関するみのり学園の帳簿であるが、学校法人として九〇〇万円近い金員を園地購入未払い金として計上してあり、使途を証する契約書、念書、請求書、覚書き等の帳票の照合は税務調査の基本であるが、本金員はみのり学園とは関係なく、上告人が藤沢個人に貸付けたるものであるために上記の帳票類が存在する筈がなく、照合はされていなかつたと判断される。当時公認会計士や所轄課税庁がみのり学園にうまく騙されたのか、理由は不明であるが公正な帳簿が作成されなかつたことは明らかである。

上告人は本件に関するみのり学園の会計処理を明確にせんとして、藤沢の再尋問及び同学園の公認会計士を証人として申請したが控訴審において何故か受入れられなかつた。然しながら公認会計士の証言がなくとも、藤沢個人との間の借用金証書(乙第五号証・別添資料1)、同学園の貸借対照表(乙第五号証・別添資料5)同じく資産台帳(乙第五号証・別添資料4)を合せ見れば、藤沢が個人の借入金残高を、確認できる帳票なしに学校法人の昭和五三年度園地購入未払い金として計上していたことは客観的に明らかである。以上のことは裁判官が会計法規にうといために、被上告人の訴訟技術に影響されて審理不尽となつたものと判断される。

6 被上告人は準備書面(三)の二、1、2項において、上告人が該金員九〇〇万円を昭和五三年一二月七日母さだより借入れて藤沢に貸付けたることを、三菱銀行の上告人の取引記録のみにより否定する主張をなしたが、上告人は昭和六三年三月二八日付準備書面三、一乃至九項をもって昭和五三年一二月六日、七日における金銭の出納を当時の金銭出納帳記載金額、千葉相互銀行普通預金通帳記載金額(甲第三八号証一、二)により詳細に説明して母さだの受取分より九〇〇万円を借り出して藤沢に貸付けたることを立証したものであるが、被上告人はこの後これに対して否認も反論もしていないので、前項と同じく上告人の主張を退けることはできない。

7 被上告人は準備書面(一)、一、5項において九〇〇万円が裏金であることを証する間接事実として、本訴開始後藤沢よりの支払いを一時中止したことは裏金の存在が確認されたためと主張している。

上告人は昭和六二年一〇月三〇日付準備書面四、二項において、支払い中断したもので、右被上告人の主張せる九月より五カ月前の四月二日に、生活の必要上用立て金の返済を要請する藤沢宛書信(甲第三五号証)を出し、要請通りの金額が四月二三日振込まれた(甲第三四号証とみん銀行普通預金通帳)ことを立証したが、本訴期間中このことに対して被上告人より反証はなされていない。

8 上記1、乃至7項並びに控訴審期間中の本件に関する被上告人の主張及の根拠は訴外みのり学園理事長藤沢の聴取書並びに証人尋問における一方的な発言及び乙第四号証理事会決議録(税務当局のみならず上告人に対しても本訴開始時まで秘匿していた)における理事長の客観的書証の開示を伴わない一方的な報告の記録のみであつて、これらをもってしても乙第五号証別添資料一、借用金証書謄本(原本は上告人保管)における当事者双方並びに保証人両名の自筆署名・押印並びにその後の返済状況より、本金員は貸付金であるとする上告人の主張を否認することは無理で、裏金であると客観的に立証されてはいない。

九〇〇万円を譲渡収入に上乗せして、上告人の譲渡所得が更正処分の課税金額より多いから課税金額は正当であるという被上告人の客観的に立証されざる事実に基づく主張は違法であって、最高裁昭和三六年一二月一日判決の趣旨に照らしても本訴審理より除外すべきものであります。

三 譲渡所得を計上する時期について。

(所得税法第三六条違反、審理不尽)

1 上告人は客観的事情により、昭和五三年、五四年の二回にわたり不動産を譲渡し、それぞれ法に添って所得税の確定申告をしたに拘らず、被上告人は不当に法を無視して一括譲渡とみなし、昭和五四年度分譲渡所得を合併加算して累進税率を適用し、課税の加重を図らんとしているものであります。

上告人は被上告人の主張が違法であることを下記立証せんとするものであります。

所得税法第三六条〈1〉、

『その年分の各種所得の計算上収入すべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は別段の定めがあるものを除きその年に収入すべき金額とする。』

また、最高裁第二小廷昭和四〇年九月二日判決、同第三小廷昭和四七年一二月二六日判決の趣旨は、

「譲渡所得の計上時期については、譲渡所得課税の趣旨から、資産の所有権その他の権利を他に移転する時である。」と判断しており、裁判例の上でもこの解釈が固まつている。

日本国憲法第八四条〔課税〕

『新たに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。』

上記の如く、租税に関する法律は必ずしも細部にわたつてその実体を明確に規定するものではないが、税法の解釈方法として拡張解釈は解釈内容が明確でなく、法的安定性及び予測性を欠き、意味内容を客観的に認識し難いので刑法の解釈適用の場合と同様に許されない。

2 上告人は昭和六三年七月三日付準備書面(第三、二、1、(一)項、第三、二、1、(二)項イ乃至(八)まで)、において要点下記を主張している。

昭和五三年九月初め頃より売却準備開始。

千葉相互銀行より資金導入、亡父遺産分割協議書作成、賃貸アパート住民立退き等を経由し不動産業者と売却下話中、みのり学園より売却の要請あり。

(甲第二十九号証ノ1、2、3、三十三号証、乙第一〇一二号証)

一一月二一日、売却について合意。(乙第二号証、別添資料四・理事会決議録)

一一月二五日、手付金受領。(乙第三号証・領収書)

一一月二八日、覚書き作成。(乙第二号証、別添一)

一二月六日、第一物件及び第二物件の二分ノ一につき

譲渡契約。(甲第一、二号証・契約書)

代金授受。(乙第一三号証・領収書)

所有権移転登記申請。(甲第四、五号証・登記簿謄本)

一二月二〇日、新居に移転。

昭和五四年一月一〇日、第二物件残り二分ノ一につき

譲渡契約。(甲第三号証・契約書)

代金授受。(乙第一四号証・領収書)

所有権移転登記申請。(甲第四号証・登記簿謄本)

控訴審判決書八丁一、二、三行目において、

『本件不動産の譲渡契約は、昭和五三年一一月二五日に(最大限遅らせてみても、甲第二号証を作成した同年一二月六日までに)全物件について成立していたと認められ。』

と説示しているが、これは全く客観的に立証されていない被上告人の偏見に基づく主張をそのまま採用したものであり、拡張解釈そのものである。

手付金受領の一一月二五日に譲渡契約が成立したと主張するのは社会通念からも逸脱しており、手付金は単なる売買の予約である。

民法第五五七条〔手付〕

「買主力売主ニ手付ヲ交付シタルトキハ当事者ノ一方カ契約ノ履行ニ着手スルマテハ買主ハ其手付ヲ放棄シ、売主ハ其倍額ヲ償還シテ契約ノ解除ヲ為ナスコトヲ得。」と規定せられ、この時点では上告人の意思により手付金の倍額を支払って契約を破棄することも可能な状態であり、これをもって契約成立と認めることは法解釈上からも社会通念上からも不当である。

前掲の証拠の明示する如く、当事者双方の事情を勘案し、合意の上で昭和五三年一二月六日及び五四年一月一〇日にそれぞれ司法書士立会いの上で譲渡契約をなし、代金の授受を行い、所有権を移転したるもので、契約又は所有権移転を一括して一二月中に行い、代金の授受を二回に分けた場合と異なり、それぞれの日に、それぞれの物件に対する手続きを法に添って行い該物件に対する支配者が上告人より当事者の一方であるみのり学園に移つたことが不特定の第三者に明らかになつたので、この日をもって引渡しの日とみなすのが法的にも、社会通念上からも公正である。

3 みのり学園は、昭和五三年一二月六日及び五四年一月一〇日月を変更期日として、大田区長に別々に園地変更届けを提出している。(乙第二号証別添資料二、三)

4 控訴審判決の説示においては、被上告人の主張を採用して、第一物件上の建物を過重視して上告人が該建物より昭和五三年一二月二〇日に新居を移転し一二月二一日よりみのり学園が雇つた業者により同月中に該建物が取壊されたことをもって当年中に第一土地の全部を引渡したものと認められると説示しているが、第一建物は説示の如く同月中に取壊されたものではなく、乙第六号証吉岡仁聴取書に明らかなる如く、第一建物の取壊しは一二月二七日より一月二〇日までかかり、年末年始の休日を考慮すれば同年中には手をつけた程度であることは明らかで、同年中に取壊されたと説示することは拡張解釈のそしりは免がれない。

まして第一建物は未登録であり(甲第四号証登記謄本甲区)、当時当事者双方とも建物の価値については関心がなく(控訴審判決一〇丁裏二、三行説示)、建物の取壊しに取掛かったから、これを物件全部の引渡しと認定することは公正なる判断とは認めることはできない。

5 控訴審判決は同年中に収入すべき金額について判決理由九丁五行目より裏一〇行目、及び一二丁裏四行目より八行目にわたって、「右引渡しをもって一二月中にみのり学園に対して代金の金額を支払請求しうることは既に昭和五三年中に確定していたといえる」とし、「専ら上告人が租税回避の目的で自らこれを同年中に受取らないような形式を採用して受取らなかった」と説示しているが、これは譲渡取引の客観的情勢に対する偏見による事実誤認であり、公正なる判断とは言い難い。

子供の教育に対する配慮、商慣習、年末年始における幼稚園の行事日程、マンション工事における入居予定日の不確実さ等が譲渡取引の進行に当然かかわりをもつことは社会通念上、当然配慮すべきものである。

上告人の事情は昭和六二年七月三日付準備書面第三、二、1、(二)、1乃至3及び(三)項に陳述したが、全く考慮に入れないのは不当である。

上告人の次男は当時日比谷高校三年在学中で国立大学受験をめざし、長女は東京女子大学短期大学二年在学中で卒業を控えて重要な時期であったので、受験及び卒業終了後の翌年三月か四月頃の譲渡を考え、移転先購入費用も第一物件を担保とし、売却代金の一部を貯金する条件で千葉相互銀行より融資して貰うことになつていたので急いで売却する必要はなかった。(甲第二十九号証ノ一、二、三、三十号証(千葉相互銀行関係証拠)。

一方みのり学園は区役所より前々から園地拡張の強い要請があつたために、一日でも早く譲渡していただだきたいと強く要請してきたので、子供達が世話になったこともあり、やむなく繰上げて年内譲渡に応ずることとしたが、ちょうど年末年始を控え、結果的には十二月二〇日に移転できたが、譲渡条件交渉中の一一月末頃は移転先マンションの入居日が確定できなかつたので、(甲第三一号証鍵引替え証、乙第八号証マンション契約書)、みのり学園の年末年始の行事に合せて、一回目の契約は一二月六日とし、二回目の契約はマンション入居日が確定した後でかつ翌年一月一〇日以降ということに合意したもので、社会通念上不自然なことはなく、客観的情勢に従って契約の日を二回に定めたことは合理的理由が存在し税法解釈上も許されることであり、租税回避を目的として故意に契約を二回に分割したとする控訴審判決における事実認定は拡張解釈に基づくもので許されない。

6 控訴審判決書九丁裏四、五行、七、八、九行及び一二丁裏三行より八行で私法上の契約の自由を否認する説示をしているが、上告人の

『たとえ客観的理由がなくて税軽減のために不動産を分筆して登記し二年に分けて譲渡したとしても、私的自治として許される行為であり、しかも所得税は累進課税であるところから租税負担の軽減が図れるので合理的である。これは租税回避ではなく節税であり何等不合理な取引ではない。』

との主張を客観的根拠なく、ただ主観的な被上告人の主張を採用したものであり、

名古屋高裁(四民)昭和四九年一月七日付判決も、

『納税者は資金を一時に入手する必要がなかつたので、税負担を軽くするため本件土地を分筆して甲物件と乙物件とし、その所有権移転時期を分けたものであつて、それは私的自治としての合理的な経済目的からなされた私法上の行為として許されるところというべく、これを目して税務署長主張の如く私法上許された法形式を乱用することによつて租税負担を不当に回避し又は軽減することを図つたとは認め難いので、これが課税負担の軽減をもたらすことを理由に否認することは許されない。』と判示していることになじまない。

上告人の行為は以上1乃至6の陳述の通り、事実を偽る虚構、隠蔽の行為が存在する逋税行為と異なり、客観的事情に左右されて二年にわたり譲渡したもので控訴審判決は事実の認定を誤り、所得税法第三六条〈1〉の『その年に収入すべき金額』の解釈適用を誤っているものであります。

7 乙号証に関する重大な疑問。

上告人は昭和六二年七月三日付準備書面、第三、一、2項、〔被告証拠の信憑性〕において下記証拠について重要かつ明白なかしがあることを主張したが、控訴審において審理・判断されなかつたことは遺憾である。

〈1〉 乙第六号証、吉岡仁聴取書。(白石萬明聴取)

本証は昭和五七年六月一四日に聴取作成され、異議決定書、同理由書は同年六月一八日に発せられ、いずれも白石萬明の手になるが、被上告人が重視する取壊しの期日関係の陳述が全く相違し、六月一四日聴取の内容が六月一八日に発した異議決定理由に反映されず、昭和五九年三月一三日付東京国税不服審判所裁決書と同一内容である、(上記準備書面第三、一、2項)

これは更正処分異議決定理由書内容が、その後不服審判所の調査の正確な事実と全く反するので、本訴開始後に裁決書内容に辻褄を合せて新たに作成したことは明らかである。従つて昭和六〇年九月二四日付白石証人尋問調書においても白石は自ら作成した異議決定理由書の記述と異なり、裁決書内容と同じ証言をしているが、これは自らの証言をもって自ら作成した更正処分異議決定理由書内容を否定するものであり、更正処分の手続き上のかしの存在を証明するものである。

〈2〉 乙第二号証、藤沢聴取書。

本聴取書は一つの聴取書で聴取日が昭和五九年六月二九日と八月二四日付であり、陳述内容は両日の区分が無い。聴取書は正確を期するために、聴取直後に陳述者に内容の確認をさせて署名、押印させることが必要とされている。本聴取書は本訴開始直後の日付であり、被上告人の主張に合せて作成された疑いが濃厚である。

〈3〉 以上〈1〉、〈2〉および藤沢証言を合せて、被上告人側証人の証言は被上告人の権力の影響下にあり、公正を期待できない。

四 二つの物件の坪単価について。

(憲法第二九、八四条違反、国税通則法第二四条違反)

1 上告人は第一物件(上告人単独名義)、第二物件(上告人三分ノ二、母さだ三分ノ一の共有)を昭和三五年に購入せる価格(甲第一三号証ノ一、二。甲第一四号証ノ一、二。購入時の売買契約書・領収書)であり、かつ当時、地域の特殊事情に詳しい所轄税務署の調査により是認された価格の割合いで分割してみのり学園に譲渡したもので、みのり学園との譲渡交渉中は価格について便宜上全体の平均単価で交渉するが、譲渡契約は二物件は持主の人格が異なるので、別々の単価とすることについてはあらかじめ買主たるみのり学園の了解を得て交渉におよび、そのようにして契約したものであります。

母さだの収入については、後述の五項の陳述の如く、亡父の遺産分割協議書作成時に上告人の他の相続人より金銭分与の要求があった事情と同じく、他の相続人の監視下にあり、母の収入を減じて上告人の収入を増加させることは不可能であり、購入時の価格の割合いで分割することが最も説得力があって、社会通念上も自然であり、双方の時価は同一であると認定する控訴審説示はかえつて不自然であり客観的根拠がない。

2 控訴審判決の説示では、立地条件の差による単価の差を認めながら、被上告人の主観と偏見により左右されたる原審判決を支持し客観的事実に基づかない理由で二つの物件の単価は同一であることを支持している。物件が面する道路の等級により価格差があることは、価格の高低の程度は別として、税務署が相続税評価のために使用し、一般でも土地取引の参考としている両物件付近の道路価格図(甲第二八号証)にても明らかであり、被上告人の主張は矛盾しており、これを支持する判決は不当である。

3 更正処分の手続き上のかし。

母さだと上告人の共有物件である第二物件と上告人単独所有の第一物件の土地単価を同一にするということは昭和五三年度の母の既に申告して是認せられた収入より六七七万一〇〇〇円を減じて、上告人の収入を同額増加させなければできないことである。

(甲第二七号証、表2)

これを成立させるためには上告人に対する更正処分と同時に、更正により新たな税額が生じないといえ、母に対する更正処分も行わなければ手続上不可能である。

日本国憲法第二九条〔財産権〕

〈1〉『財産権はこれを侵してはならない』

国税通則法第二四条に、

提出された申告所得額が、課税庁の調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額を更正する。

と規定されており、上記金額は昭和五三年度分として上告人の母が所得申告して是認せられた収入の一部であり、母の財産となつているもので、更正処分をうけていない。これを被上告人が取上げて上告人の収入としなければ上告人に対する更正処分は成立せず、あえてこれを為すことは財産権の侵害となる。従って上告人に対する更正処分は所得となし得ない収入に対して課税せんとするもので、税法上重大、かつ明白なかしがあり違法である。

なお国税通則法第二五条に『決定により納付すべき税額又は還付金の額に相当する税額が生じないときは、この限りでない。』と規定されているが、これは同条頭書の如く申告義務者が申告書を提出しなかつた場合の規定であり、本項には関係がない。

五 譲渡費用七五〇万円について。

(所得税法第一二条、三三条、三八条違反)

1 上告人が昭和五三年一二月六日に第二物件の譲渡を容易にするために、譲渡直前の一〇月三〇日に亡父福太郎の唯一の遺産である本物件に対する相続人の持分を上告人三分ノ二、母さだ三分ノ一とするために、他の相続人との間で遺産分割協議書を作成し、他の相続人の要求により譲渡収入中より五十嵐久美子他一四名に合計七五〇万円を支払う約束をなし、上告人の持分が一五分ノ二より三分ノ二に増加した事実及び譲渡後に該金額を支払つた事実については争いがない。

所得税法第一二条、〔実質所得者課税の原則〕

『資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であつて、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律を適用する。』

所得税法第三三条〈3〉において、

『譲渡所得の金額はその年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となつた資産の取得費およびその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、その残額の合計額から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする。』・・不要部分省略。

所得税法第三八条、

〈1〉『譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、別段の定めのあるものを除き、その資産の取得に要し金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とする。』

この項において、譲渡する物件とは第二物件をいう。

所得税法第五九条、

『次に掲げる事由(相続)により居住者の有する譲渡所得の基因となる資産の移転があつた場合の所得の金額の計算については、その事由(譲渡)が生じた時に、その時における価格に相当する金額により、これらの資産の譲渡があつたものとみなす。』

所得税法第六〇条、

『要旨・居住者が相続による資産を譲渡した場合における譲渡所得の金額の計算については、その者が引続きこれを所有していたものとみなす。』

控訴審判決は上告人の事実に基づく主張を十分審理せず、原審判決を支持して原判決理由(判決書七一丁表三行目から七三丁表六行目までの説示)を引用するのみである。原審判決においては、本金員は遺産分割に関して遺産のいわゆる代償分割により負担した債務の支払として支出されたもので、譲渡を実現するために直接必要な経費ということができないから、譲渡費用と認められないというものである。

2 不動産の共同相続について共同相続人の一人が不動産を取得し、他の相続人に調整金を支払って共有持分を取得し分割協議を円滑に実現させることは常々行われることである。その内容は実質的には持分の売買であり、その調整金は代金に準ずるものである。

従って上告人が主張する金七五〇万円は所得税法第三三条、第三八条にいう「その資産の取得費」、又は「譲渡に要した金額」に該当するもので原審がこれを否認することは右法令の適用を誤つた違法がある。

3 前記所得税法六〇条は上告人が相続前から本物件を所有していたものとみなすと規定しているが、この条項の趣旨は相続より期をおいて譲渡する場合、資産価値が上昇することを考慮して定めたものと解すべきで、期をおいて譲渡する場合、その間の資産価格の上昇を捉えて課税することが目的であることは、同条〈2〉項に

『相続により取得した資産を譲渡した場合における譲渡所得の金額の計算については、その者が当該資産をその取得の時における価値に相当する金額により取得したものとみなす。』

より明らかである。

控訴審判決が引用する原審判決は七二丁表七行目より裏一〇行目にわたり、誤つて右第五九条を引用して説示をしている。このうち前半は本条項と関係無き内容で、

『相続による資産の所有権移転の場合には、その段階においては譲渡所得課税は行わず、相続人が資産を譲渡した時までこれを繰延べるものとし、』は条文の拡張解釈であり、条文中かかる意味の規定はない。

同説示後半は

『相続人が当該資産を相続前から引続き所有していたものとして、』

と第六〇条と取違えた引用をしている。上告人は控訴審においてこの誤りを指摘する陳述をなした(昭和六二年七月三日付準備書面第三、三、4、(一)項)が、控訴審判決は『原審判決書の七二丁表七行目「同法五九条」の下に「及び六〇条」を加える』としただけで、本件と全く関係のない五九条の削除をしていない。これは控訴審の審理が十分になされていない審理不尽を示すものである。もともとこの五九条引用の説示は被上告人の主張には含まれず、原審が説示を被上告人に有利に展開する為に恣意によりつけ加えたものである。

本項はやや冗長ではあるが、かかる一方に偏った判決は国民の信頼を失う原因となるので、双方に平等で自由なる心証により事実上の主張が真実であるや否やを判断されることを求めるために陳述したものであります。

上告人は1項陳述の如く、譲渡直前に譲渡の準備行為としてなした遺産分割協議によりその持分が一五分ノ二より三分ノ二に増加したものであり、その差額一五分ノ八は譲渡収入の内より七五〇万円を他の相続人の指定せる一五名に支払う約束をして入手したものであつて上記所得税法第一二条の趣旨「実質所得者課税の原則」より判断しても、上告人はこの七五〇万円という収益を享受していないことは明らかであって本金員を上告人の収入とみなすことは不当であります。

4 以上1乃至3に陳述せる如く、七五〇万円は取得し、譲渡するために必要不可欠な金員であり、かつ上告人の収益として享受していないので、取得費又は譲渡費用たることを否定して上告人の申告せる譲渡所得に加算して税の加重を図らんとする更正処分は不当であり、違法であります。

六 以上二乃至五項に主張せる如く上告人は租税回避の目的をもつて、仮装いん蔽して昭和五三年、五四年度所得申告をしたものでないことは明らかであります。

しかし、第一審、二審判決は採証原則を誤り、審理不尽のそしりを免がれず、事実誤認をなし、かつ法令の解釈適用を誤り、ひいては判決に影響を及ぼすこと明らかであります。よって更正処分並びに重加算税及び過少申告加算税の賦課の取消しを求める本件上告に及んだ次第であります。 以上

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